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今異議を唱えるか、永久に口をつぐむか ~苗木の死は森の死

社会が発展するために

社会が正常に機能するには、二つの要素が不可欠です。

一つは、不正を不正と断じる規範があること。

もう一つは、不正の指摘が許されることです。

不正を不正と断じる規範がなければ、政治も経済もまともに機能しません。それは無法社会と同じです。

また、不正を指摘すれば、ただちに投獄されるような世の中では、間違いも改められず、恐怖の独裁社会になってしまいます。

何をもって是とし、何をもって不正とするかは、多くの判断に委ねられますが、黙っていても誰かが正してくれるわけではありません。

正そうとする声と行動があって初めて、問題が浮き彫りになり、改善へと繋がります。

不正を不正と叫ぶ勇気がなくても、私たちは無視や選択といった形で意思表示することができます。

最大の問題は、社会の様々な物事に対し、無関心でいることです。

以下のパートは海洋小説『曙光』の抜粋です。詳しくは作品概要、もしくはタイトル一覧をご参照下さい。

【あらすじ】 対案をもって異議を唱える

アステリアの未来を占うペネロペ湾開発アイデアコンペでは、下馬評通り、フランシス・メイヤーの海上都市『パラディオン』が一位に選出され、内外の注目を集める。
しかし、パラディオンに懐疑的なヴァルターは庶民の気持ちを代弁する為に、表彰式の質疑応答で自身が考案する干拓型の円環都市『リング』を対案としてぶつける。

【小説の抜粋】 今異議を唱えるか、永久に口をつぐむか

表彰式の質疑応答にて。

最後にメイヤーの番になると、質問が殺到するかと思われたが、逆に誰ひとり動く気配がない。遠慮しているのか、恥ずかしいのか、客席が水を打ったように静まり返ると、これにはベテラン司会者も慌てた。

「どなたか質問はございませんか? どんな小さな事でも結構です」

やさしい口調で呼びかけるが、まるで示し合わせたように無反応だ。

このままでは推進派の思うつぼではないかと、ヴァルターが船の舳先から飛び降りる覚悟で挙手しかけた時、一階客席の後方で誰かが手を挙げた。地味なスーツを着た中年男性だ。

ホールスタッフがすぐさま駆け寄り、マイクを手渡すと、男性はぎこちなく立ち上がり、

「わたしは最近、ペネロペ湾で海洋土木に携わることになった技師です。浚渫船のオペレーターをしています。ステラマリスでも二十年ほど沿岸の浚渫工事に携わってきました。その上で伺いたいのですが、本当にペネロペ湾にこれほど巨大な浮体構造物を安全かつ恒久的に設置できるものでしょうか。最新の地質や地層データを見る限り、かなりの難工事になることが予想されます……」

まさにエヴァの指摘通りだ。

ペネロペ湾は周囲の丘陵地帯から河川によって大量の土砂が運ばれ、柔らかい干潟だった所に海面上昇で海水が流入し、半円形の内海となった。海底には分厚いヘドロが埋まり、直径七キロの浮体構造を設置するだけでも大量の土砂と複雑な工程を必要とする。

だが、メイヤーはステラマリスでも有名な人工島や海上空港を例に挙げ、パラディオン建設も技術的に決して不可能ではなく、むしろ良質な土砂が採取できる丘陵地帯に囲まれている分、地理的にも有利と断言する。

すると、男性もそれ以上は追及せず、黙って席に着いたが、まだ納得がゆかぬように顔をしかめている。

<中略>

「他にございませんか?」

再び男性司会者が客席を見渡すと、今度は初老の男性が立ち上がった。

「前から何度も指摘されていることですが、この巨大な海上都市が一体どんな公益をアステリアにもたらすのですか。数十年後には老朽化し、施設の維持が大きな負担となるのが目に見えています。それよりも、今研究が実を結びつつある海洋化学産業と養殖業にもっと予算を注ぎ込めないものですか。洋上プラントを拡張し、優れた技術者や研究機関を招き、工業原料生産や希少金属の抽出に弾みがつけば、何十年とアステリアのを支える基盤になります。二十年にわたり産業振興に努めてきた我々としては、このような計画に諸手を挙げて賛成とはゆきません。十年、二十年と長期にわたり、あなた自身はどのようなビジョンをお持ちなのか、改めて説明して頂きたい」

男性が抑えた口調の中にも強い疑念と憤りを表すと、メイヤーもさすがに表情を硬くしたが、細長い足を悠然と組み替えると、

「お気持ちはよく分かります。傍目にはペネロペ湾の開発ばかりが優遇され、旧来の企業や社会には何の支援も得られないように感じるでしょう。ですが、それは大きな誤解です。産業省や経済研究機構が何度も説明しているように、ペネロペ湾の開発は多くの投資を呼び込み、経済を活性化させ、その利益は社会の隅々まで行き渡ります。パラディオンが『数十年後に無用の長物』になるというのも虚聞です。事実、ステラマリスに現存する海上空港や人工島は一世紀以上に渡り機能している。本当に海洋構造物が数十年で無用の長物と化すなら、現存する海上施設は半世紀以上前にスクラップになっているはずです。だが、そんな話は見た事も聞いた事もない。どうか虚聞に惑わされ、偏見の目で見るのは止めて下さい。建設の是非を判断するのは分析結果が出てからでも遅くないでしょう。まだ詳細な地質調査も始まっていないのですよ」

メイヤーが堂々と反論すると、初老の男性も憤懣やるかたないように席に着いた。確かに実作を前提とした基礎調査がほとんど行われていない段階で、技術的な是非を問うても堂堂回りだろう。ステラマリスの人工島や海洋上空港が何十年と機能しているのもまた事実である。実例を挙げれば、メイヤーの方が圧倒的に弁が立つ。

「他にありませんか?」

男性司会者が再び会場を見回し、他に動きがないのを見て取ると、他の進行係と目を見交わし、これで質疑を打ち切ろうとした。

その時、彼が挙手し、「それは本当に社会の土台となるのですか」と質問を投げかけた。

メイヤーが憮然と見返すと、彼はその場に立ち上がり、ホールスタッフからマイクを受け取った。

「ペネロペ湾の海底の地質は非常に柔らかく、コントロールの難しい泥土だと聞いています。構造物の沈下を防ぐ対策費だけでも莫大なものでしょう。それも実際にどのような現象が起こるか、数年先の予測もつかないのに、不安を虚聞と片付けるのですか」

「君に海洋土木が解るのかね」

「専門家ではありませんが、基本は理解できます」

「ならば専門家に任せたまえ。無知な素人が先入観だけで疑問を呈しても、何の解決にもならない」

「では、素人でも納得がゆくように説明して下さい。住民の大半は建築のことなど何も分からない素人です。みなが不安に感じるのは、技術うんぬんの問題ではない、ただでさえ規模の小さなこの島に総工費二〇兆エルクもの巨大構造物を建設して、経済的にも技術的にも何十年と持ちこたえるのかと心底懸念するからです」

「一部の不安にいちいち頷いていては何の進展も望めないよ。それに行政的な問題はわたしの管轄ではない。そうした問題は区政にぶつけるのが筋だろう」

「では、一体、誰の為です? 全区民が納得のいく形で未来の道筋を決めるのがコンペの目的でしょう。身内で解り合えればいいというなら、一般参加のコンペなど必要ありません。それとも一般には理解できない知識や用語を交え、疑問をけむに巻くのがあなたのやり方ですか」

会場が騒然とし、ホールスタッフが彼を制したが、彼は「もう少しだけ発言させてて下さい」と振り切った。

「ローランド島の水上ハウスに暮らす一区民として率直な意見を申し上げます。ローランド島のサマーヴィルには三千人が暮らしていますが、安価な集合住宅に入りきれなかった人たちがムーバブルハウスを改造し、浅瀬に固定して、水上コロニーを形成しています。しかし、水上ハウスの安全性は確立されておらず、行政が検査に立ち入ることもありません。また、水上ハウスの建築基準もトリヴィアのものに準拠し、アステリアの海洋環境に則していません。こうした身近な問題は水上コロニーに限った話でなく、メアリポートの旧港や、開発初期に建てられた二十年前の公団なども同様です。それらを後手に回しても、数兆を投じて富裕層向けの観光施設や住居や隔絶された産業エリアを構築する必要があるのかと疑問を呈さずにいないのです」

「それはわたしの管轄外だ。そういうことは区政に申し立てたらどうかね」

「なぜ? あなたはパラディオンを通じて、アステリアの未来をデザインしたのでしょう。そこには当然、水上ハウスの住民や、旧来の企業や、今技術研究に取り組んでいる人達の気持ちも考慮されているはずです。大事な問題です。今、ここで答えて下さい。あなたは全体の発展を見据えてデザインしたんですね?」

「君はデザインというものを勘違いしている。ペネロペ湾のコンペはアステリアが内包する全ての問題を解決する為のものではない。デザインにそこまで要求されては、とてもじゃないが建築の仕事など成り立たない。同情すべき点は多いが、パラディオンの主眼はペネロペ湾の開発と、これを呼び水とした経済の活性化にある。それは必ずしも大勢が思い描く形でないかもしれないが、いずれその恩恵は全体に行き渡るのではないかな」

「俺が言ってるのは経済うんぬんではなく、庶民の暮らしです」

「経済こそ暮らしの基盤だよ」

「いいえ。最初に土地ありきです。社会の基盤となるのは安全な土地です。その基盤なくして、どんな発展が望めるのです? パラディオンが建設されても、あなたは日常的にそこに住むわけではない。仕事が一段落すれば、ステラマリスの自宅に帰り、アステリアの事など気にも留めないはずだ。だが、パラディオンも建設された後も、何年、何十年に渡ってこの地に暮らすのは我々です。一時期、巨額の投資を呼び込み、豪奢な建物が建ち並んだからと行って、それが万民にとってどんな助けになるのです? ここはステラマリスとは違う。数世紀にわたって国づくりがなされ、その延長に人工島や海上空港が建設された事例とは本質的に異なります。今、アステリアに必要なのは、万民に共通する展望と、人々が安心して暮らせる用地の確保です。将来どこまで沈下するか分からない、また施設の維持費に莫大なコストがかかる海上都市では断じてない。それだけのリスクを冒すなら、確実に成果に結びつく港湾の修理や、技術者の育成や、芽が出かけている産業開発の支援を優先して欲しいと多くの人が願っているのです」

「既存社会が口を差し挟むのは、自分たちが独占してきた市場を新参者に切り崩されたくないからだよ。そもそも民間主導で開発を進めてきたのが間違いだったんじゃないかね。行政の監督が行き届かないのをいいことに、一部の企業家が甘い汁を吸い続けた」

メイヤーがアル・マクダエルとその周辺に当てこするように言うと、

「初期のアステリア開発は『私業』だと仰るなら、利用者は代金くらい支払うべきですね」

彼は鋭く切り返した。

「だが、私企業によって建造された海洋調査船も、潜水艇も、道路も、係留施設も、その利用にあたってトリヴィア政府は一銭も支払っていません。ローレンシア島の病院や学校も大半が有志の基金を元に作られています。その経緯は無視ですか」

「それとペネロペ湾の開発は無関係だろう」

「そうでしょうか。三十年前、あまたの企業が自腹を切って社会基盤を築けばこそ、今、あなた方もローランド島に小洒落たホテルを建て、ボート遊びに興じる余裕もあるのでしょう。十数年前までローランド島は係留施設もない裸島だった。その可能性を信じ、政府を説き伏せ、ポートプレミエルの開港に漕ぎ着けたのは、いったい誰のおかげです? 半官半民のJP SODAが成功したのも、メアリポートの港湾を支える人手があったからでしょう。そして今、前時代から活躍してきた既存企業が技術者の高齢化や後継者不足、設備の老朽化や競争激化に直面し、息切れし始めている時に、あなた方はパラディオンに数十兆エルクを投入しようという。パラディオンが一時期、経済の起爆剤になる意義は否定しません。だけども、それと同時に、アステリアの人々は信頼できる未来のビジョンを求めています。この道を進めば、皆がより豊かに、より幸せになれるという確信が欲しいのです。パラディオンにはそれが見えないから、皆が不安になるのです」

会場の一部から同調の声が上がると、メイヤーはむうっと口を尖らせ、威嚇するように彼を見下ろした。

「では、君にアイデアがあるのかね。そうまで言うなら、パラディオンに匹敵するような立派なビジョンを提示してもらいたいものだ」

一瞬、彼は立ちすくんだが、「アイデアなら有ります」と振り絞るように答えた。

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導き手を無くした海洋社会アステリアは混迷し、既存企業と新興勢力の対立が浮き彫りになる。新たな資本グループは世界的建築家メイヤーを擁して、富裕層向けの海上都市パラディオンの建設を推し進めるが、庶民を踏みつけにする巨大計画にNOを突きつけるべく、ヴァルターは対案として《リング》を提示する。
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【リファレンス】 その建築、本当に良質なアイデア?

海洋のフローティングシティの一例として。アイデアとしては非常にユニークだが、水害や物流は大丈夫?

こちらは信じられないような施工の失敗例。設計が悪いのか、それとも施工管理のミスか。
もはや技術不足というより、コモンセンスの問題。

こちらも虚無感、ハンパない。誰が、どうやって責任を取るのか・・。

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