デザイナーの心 意匠と形 ~社会への思いやりが都市設計の基盤となる

社会の希望となるビジョン

混沌とする社会において、人々が求めるのは、心から共感できる指針です。

シンプルで、親しみやすく、なおかつ希望のもてるスローガン。

あるいは心惹かれる鮮やかなビジョン、キャラクター、シンボル、etc。

オリンピックや企業でも「こうありたい」という標語が掲げられますが、それは決してお飾りの理想ではなく、人々が一丸となって、大きな目標を達成する為の掛け声であり、戒めです。何の指針もない集団に一丸のパワーはありません。たとえ綺麗事でも、共通の標語を掲げるのは、意識の高揚を促すとともに、モラルを保つ為でもあると思います。

一方、社会の思想は、都市設計にも現れます。 『公共の芸術としての建築と住民の人間形成 安藤忠雄の『連戦連敗』より』にも書いているように、「どう生きたいか(暮らしたいか)」という願いや目標は、都市の作り方にも反映されます。住宅地には安全と快適が、商業地には活性化を促すような工夫が盛り込まれるように、基礎となるフレームワークには社会の意思が反映されます。大多数の幸福と発展を願うなら、そのフレームワークも、それにふさわしい精神の表れでなくてはなりません。言い換えれば、それは作り手の哲学や感性に依るところが大きいのです。

もちろん、理想だけで政はできませんし、清濁併せのむ余裕も必要でしょう。

だとしても、フレームワークは社会の理念を映し出すものであって欲しい。

歪んだ器に暮らせば、人の心もまた歪むのです。

このパートは海洋小説『曙光』(下巻)の抜粋です。 詳しくは作品概要、もしくはタイトル一覧をご参照下さい。 冒頭部の無料サンプルはGoogle Drive からダウンロードできます。 ※ WEBに掲載している抜粋は改訂前のものです。内容に大きな変更はなく、細部の表現のみ訂正しています。

【あらすじ】 庶民の不安と社会の指針

長い試練を経て、ヴァルターは息子のルークと水上ハウスに暮らし始める。
一方、リズはEOS海洋開発財団の理事長として再び公の場に姿を現し、世間を驚かせる。
新たなスタートを切った二人の目に映るのは、水際に暮らす庶民の不安と、頼りになる導き手を失って混乱する社会の様相だった。

【抜粋】 デザインする心と社会への思いやり

胸の奥に秘めた円環の海洋都市『リング』について、少しずつ可能性を感じ始めたヴァルターは、アンビルト・アーキテクトの先鋭、ジュン・オキタ社長を訪ね、アイデアの是非を問う。

「それで、そのリングをどうしたいの? アイデアコンペに応募するの?」

「そうじゃない。つまりその……実作と無関係でも、インパクトはあるものかな、と」

「どういうこと」

「実作できないデザインなんて絵空事だろ? たとえば、水深三〇〇〇メートルを高速で走るリニアカーなんて現実にはあり得ない。どう考えてもあり得ないものを『これが未来の交通の在り方です』と主張しても、誰が真剣に聞いてくれる? リングも絶対不可能なアイデアではない、だが、現実に建設するとなれば莫大な費用がかかるし、技術的にも困難だ。そんな絵空事を『アステリアの理想の未来です』と訴えたところで、どんな説得力があるのか。俺にはまるで自信がない。だから迷ってる」

すると、オキタは中国皇帝の落とし胤みたいな切れ長の目をきらりと彼に向け、

「あなた、デザインってものを完全に誤解してるわね。とりわけ、アンビルトのこと。そんな事を言い出したら、デザインなんてみな絵空事よ。一から十まで実用性だけ重視していたら、美も理念もみんな死ぬわよ」

オキタは目の前のローテーブルをこんこんと叩くと、
「あなた、このテーブルをどう思う?」

「そうだね。透明感の高いガラスと、流線型の曲げ木のフレームがマッチして、オフィスにもリビングにも似合うと思う。だが、俺の家では使いたくない。ガラスが綺麗すぎて、かえって落ち着かないし、物を置く度にカチャカチャと音がして耳障りかも」

「そうじゃないの。どこにデザイナーの意匠を感じるかと聞いてるのよ」

「デザイナーの意匠?」

「そうよ。こんなテーブル一つにも、必ずそれをデザインした人間がいる。人間が作るということは、必ずそこに意匠があるということよ。どんな環境を想定し、どんなユーザーを対象にデザインしたか。美観にこだわったか、実用性重視か、一般家庭向けか、オフィス向けか、人間の気配りは、形や色や材質に必ず現れるものよ。そして、あなたの言う通り、このテーブルはファミリー向けには作られていない。それなりにセンスのある一人暮らしの男が、テレビを見る時にビールやリモコンを置いたりするのに好むような色形よ。デザイナーもそれを意識してガラス天板と曲げ木フレームのラックスペースを十分にとっている。正直、もう数センチ隙間が狭い方が見た目にも綺麗なんだけど、何時間もテレビの前に座ってるような男は、モバイル端末だの、読みかけのメンズ雑誌だの、こういう所に置きたがるでしょう。だから、これだけのスペースを取ってるの。他にも、脚をハの字に配してまろみを醸し出している点や、脚の裏側にラバーストップを取り入れている点にも作り手の意匠を感じるでしょう。家具でも、建物でも、一つ一つ、注意深く見れば、デザインした人間のセンスやポリシーがはっきり見て取れる。突き詰めれば、デザインとは心の形そのものなのよ」

「なるほど」

「あなたは自分のリングはつまらないと思ってる。でも、つまらないかどうかは、それを見た人が決めることよ。あなたが自分自身でジャッジすることじゃない。そしてね、椅子やテーブルみたいに実用性重視のデザインならともかく、イベントのポスターや会社のロゴマークみたいに、メッセージ性が問われる絵に関しては、作り手の精神性が何よりも大事。もちろん色形も重要な要素だけども、そんなものは後からいくらでも修正を加えることができる。肝心なのは基礎となるワイヤーフレーム。つまり、あなたの心象よ」

都市をデザインする

オキタ社長にアドバイスされながらも、未だ、自身のアイデアに確信が持てないヴァルターは、息子ルークを育てながら、「プロジェクトマネージメント」や「都市計画」について学び始める。

その日も午後のミルクを飲ませると、うとうとし始めたルークをベビーカーに乗せ、海岸の遊歩道に散歩に出かけた。
ベビーカーはフラットにも対面式にもなるバギータイプの三輪カーだ。サスペンションの効いた大型タイヤが使われ、砂浜の自然道も難なく進むことができる。

しかし、住宅街に入ると、道路の段差や陥没、公共施設の階段、歩道を塞ぐ駐車など、ベビーカーの負担になるものは多い。まるで町中で障害物競走をしているが如くだ。
今まで当たり前のように目にしてきた風景も、よくよく見渡せば、「健康な大人」を対象に設計されており、幼子や高齢者、身体的ハンディのある人には決してやさしくない。

《デザイン》

それは作り手の哲学や美意識の具現化だとジュン・オキタ社長は言った。

リビングに飾る絵画や陶器ならともかく、人間の暮らしの土台となる『都市』を設計するには、美観や独創性だけでなく、様々な住人のライフスタイルを考慮する必要がある。加えて、安全性、経済性、耐久性、芸術性、等々。
階段や道路一つとっても、そこには作り手の気配りや創意工夫が如実に表れる。

《意思が町を作る》

どんな小さなものでも、形あるものは、すべて人間の意思の現れだ。

頑丈に作られた堤防が数百年の長きに渡って干拓地を守るように、配慮の行き届いた町は幸福の土台となる。どんな形も決して偶然ではなく、そこには必ず作る人間の意思が働いている。

【リファレンス】 

こちらは、未来のGreen House。野菜工場と住居が一体となったユニークな構想です。
実用的かつ美麗で、エコロジカル。絵や動画で、その理念は十分に伝わりますね。

こちらはフランスのパリで構想されている、Smart City。
実際に建設されたら「虫」や「枯れ葉」で煩わされそうな気もしますが、アイデアとしては面白い。

このように、人は何を構想してもいいし、何を表現してもいい。
要は、どこまで説得力があり、公共性に富むか、です。

その他の壮麗な未来都市のイメージ。

地下空間を利用した未来都市のアイデア。天井をガラス張りにし、採光を高めると共に、開放感を醸し出します。

グリーンが美しいけど、手入れも大変そう。

アイデアはユニークだけど、地震の多い都市では絶対に無理ですね。

こちらも物理の法則無視系のアイデア。でも綺麗ですよね。

作中に登場する、『コウテイペンギンの子育て』はこの通り。
身を寄せ合って巨大なコロニーを形成し、南極のブリザードも耐え抜きます。

メスは遠い海まで餌となる魚を捕りに出掛け、お腹の中にたっぷり蓄え、赤ちゃんペンギンに与えます。いろんな子育ての形があります。

この記事を書いた人

石田 朋子

文芸愛好家&サブカルチャーファン。主に70年代~90年代の作品に思い入れがあります。好きな言葉は寺山修司の「詩を作るより、田を作れ」。昨今の生産重視の風潮にささやかに反抗しながら、古典文学や芸術の魅力を紹介。科学は生物学と地学のファンです。

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本作はアクション満載のSFではなく、人間ドラマに重点を置いた古典的な文芸作品です。
専門用語は極力使わず、海洋科学や建築の予備知識がない人でも分かりやすい内容に仕上がっています。