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親と子の愛

  • 2019年6月5日

身をもって生き様を示す 親から子へ永遠の教え

どんな高邁な理想も、言葉だけでは人は動かせない。身をもって示して初めて、理想が理想としての意味をもつ。その後、彼は死ぬまで父を忘れず、その生き様を指針にするわけだが、愛とは何かと問われたら、慈しむだけが全てではない。身をもって生き様を示す勇気も至上のものだろう。

  • 2019年6月2日

今この子に「生きろ」と言うことは、「死ね」と同じくらい残酷に思える。

「死にたい」の反語は「生きろ」ではなく、「そんなあなたの側に居たい」。傷ついた子供に「頑張って生きるのよ」と言葉で励ますのは簡単ですが、絶望しきった人間に、生きる力など、そうそう湧いてくるものではありません。まして死んだ親への愛着に対し、慰める術もないというのが現実ではないでしょうか。

  • 2019年6月3日

親は死んで子どもの血肉となる ~鮭の産卵より

サケの親の死骸は自然に腐敗して、卵が孵る頃には栄養豊かな食べ物になる。救われるのは稚魚だけじゃない、熊やキツネなど、冬を越した森の動物たちの食糧にもなる。食い散らかされた鮭の死骸は一つ残らず稚魚や動物の糧になり、川と緑を育むエネルギーに生まれ変わるんだよ。

  • 2019年5月31日

大洪水と父の死 繰り返される悪夢と心的外傷

故郷の干拓地を壊滅した大洪水で、ヴァルターの父親は堤防を守りに戻って命を落とす。故郷と最愛の人を失った悲しみは十三歳の彼の心を深く傷つけ、悪夢となって繰り返される。一方、彼の心には家族を置いて堤防を守りに戻った父の行動に対する疑念も湧き、それが罪悪感となっていっそう彼を苦しめる。癒やしようのない悲しみに救いは訪れるのか。

  • 2019年5月30日

これが生だったのか。それなら、よしもう一度! 自己肯定と魂の幸福

緘黙症と指摘された息子も、優れたスピーチセラピーで言葉の能力を取り戻すが、学校で苛められ「死にたい」とこぼすようになる。「生を肯定し、自分を好きになる」という助言を得た父親は、息子に『永劫回帰』の思想を教えようとするが、子供には難解すぎて分からない。そこで『永遠の環』という喩えで生を愛する気持ちを伝えようとする。本作のテーマであるニーチェの『生の哲学』および手塚富雄訳ツァラトゥストラから『これが──生だったのか』わたしは死に向かって言おう。『よし、それならもう一度!』の抜粋を紹介。

  • 2019年5月30日

言葉の問題は自尊心も傷つける ~大切なのは自分を好きになること

息子と会話できるのを楽しみにしていた父親は、息子が幼稚園では一言も口を利かない緘黙症と知り愕然とする。治療の為に奔走するが、息子はいっそう口を閉ざすだけだ。スピーチセラピーで大切なのは「自分を好きになること。自信をもって意見を述べ、気持ちを表現することが目標です」と教えられ、父親は考えを改める。

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